絵画の見方について考えた

土曜日、東京都美術館で開催中のゴッホゴーギャンへ行って来ました。

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私は元々、「しょっちゅう観に行くわけでは無いけど、気分によっては行く」程度の人間な訳です。美術の授業は好きでしたし、イラストみたいな落書きみたいな物とかを描く程度です。

なので実際、芸術ってもんはよく分からないんですよ、観てても。

(いい色合いだなぁ)とか(どうやって描いてんの?これ)とか(これなら銭を出してもいいかな?)なんて感じでしか観てなかったんですね。

でも、今回は普段全く絵なんか観ないって人と一緒に行くことになったので、軽い解説なんか出来れば楽しんでくれるかな〜なんて感じで少し調べてみたので、ふわっとだけ書きます。

 

名画のすごさが見える西洋絵画の鑑賞事典

名画のすごさが見える西洋絵画の鑑賞事典

 

  

フィンセント・ファン・ゴッホ

彼はオランダ人ではじめは画商でした。

情熱的というか直情的というか、良くも悪くもなんか芸術家といった性格だったようです。ただ、色々なエピソードを見るととても愛情深く、どこか憎めないような温かさを感じます。

 

ポール・ゴーギャン

フランス人の彼はビジネスマンで画商としても 成功していたようです。

ゴッホとは逆で理性的で打算的な印象を受けました。彼の肖像画のイメージもあるかもしれませんが。

 

 2人が生まれた時代は以前の暗い絵から、明るい印象主義への変化の時期でした。(光を描き出す印象主義の代表はモネが分かりやすいと思います。とても明るく、誰が見ても素晴らしいと感じると思います)

ゴーギャンはそんな感じはしないんですが、ゴッホ印象主義や新印象主義の影響を受けて明るい色使いになったんだなと感じます。そして、意外ですが2人とも浮世絵に影響を受けていたそうです。

そんな事を知ると日本人としては少し嬉しく思いますね。

 

そんな2人は出会い、なんやかんやありつつ、ゴッホの誘いで共同生活をしていました。その場所が「黄色い家」です。

ゴッホの有名な絵といえば「ひまわり」ですが、ゴーギャンを黄色い家に迎えるためにひまわりの絵を描いたみたいです。また、黄色い家で多くの芸術家と共同制作する事を望んでいたゴッホの願望を描いているという説もあります。

(黄色い家→黄色い花瓶、集まった芸術家→生けられたひまわり)

共同生活を始めた2人でしたが、ゴッホは自分の目に見えたものを描き、ゴーギャンは想像力で絵を描くという全く逆の特性を持っていました。そのせいで刺激もあったと思いますが、結局意見の食い違いなどで共同生活は終わりを迎えます。ゴッホが耳を切り落としたのもこの頃です。

 

その後、ゴッホは精神的に病んでいったと同時にあの独特な渦のようなタッチが増えていきました。あの渦が不安を表しているという人もいるけどどうなんでしょう?まぁ、そういう風にも見えますけどね。

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一方、ゴーギャンタヒチに行きました。なぜ行ったのか、何処に惹かれたのかは分かりませんが、彼の代表的な絵には多くのタヒチの絵があります。南の陽気な国を求めて行ったのかもしれませんが、絵からは苦悩や不安が感じられます。

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観終わって感じたのは、

ゴッホの絵からは不安というよりも希望や期待、ゴーギャンの絵から哀しみや憂いという印象でした。

 

今回、はじめて絵画について調べた訳ですが、やはり時代背景や作者の性格、様々な人の各絵に対する解釈を知るほどに絵への関心が深くなり、面白いと感じる事が出来ました。

当たり前といえばそうなんですが、やはり経験や知識があった方が色々な事を楽しめるという事ですね。分かっていた筈なのに、失念していた事に反省した週末でした。